新綱島検車区業務日誌

主に模型いじりの記録を、備忘録として。

【机上研究】快速「海峡」の編成について(その2)

前回の続きです。

 

前回より「机上研究」と称して、資料を元に記事を作成しています。

前回の記事はこちら:

 

(後日記)記事の一覧はこちら:

【机上研究】快速「海峡」の編成について(その1) - 新綱島検車区業務日誌
 その1は実車研究。牽引機であるED79形について。

【机上研究】快速「海峡」の編成について(その2) - 新綱島検車区業務日誌
 その2は使用客車である50系について。

【机上研究】快速「海峡」の編成について(その3) - 新綱島検車区業務日誌
 その3は50系の編成パターンの考察(1988年~1994年改正)です。

【机上研究】快速「海峡」の編成について(その4) - 新綱島検車区業務日誌
 その4は50系の編成パターンの考察(1997年~2002年改正)です。

【机上研究】快速「海峡」の編成について(その5) - 新綱島検車区業務日誌
 その5は『JR気動車客車編成表』に基づく補遺・俯瞰的な記事です。

 

前回は、牽引機となるED79形の基本スペックについてまとめました。今回は使用客車である50系について、知る限りの情報をまとめてみます。

50系客車のスペック

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50系についての概要は、Wikipediaなどをご覧いただくのが手っ取り早く、ここで同じ内容を繰り返しても仕方ないのですが、あくまで「海峡」に関わる部分だけ、簡単に記していきます。

50系についての蘊蓄は、以前模型を購入した際にもつらつらと述べています。 

1977年、すでに国鉄は機関車牽引の客車列車を普通列車として運転することが非効率であることには気付いており、原則として電化区間には電車を、非電化区間には気動車を導入することで古くから残る客車列車を置き換える方針でいました。しかしながら、財政難などの事情や労使問題もあってしばらくは客車列車を残す必要がある中、使用する客車は老朽化が進んでおりいつになるかわからない電車化・気動車化を待つのは不可能な状況になりつつあり、また客用扉が手動である事による安全上の問題もあって、時代錯誤な一般形客車を新製するに至ったわけです。

さて50系はこのように旧客列車の置き換え用として登場したので、極力従来と同様に運用できるようにしなければなりませんが、安全のために客用扉を自動ドアとしたことから、その稼働に必要な圧縮空気をどう確保するかが問題となりました。これにはコンプレッサーの搭載が必要ですが、各車両にそれを搭載するのは非常にコストがかかりますし、それに必要な電力をどう確保するかという問題も出てきます。

一方、牽引する機関車の中には、強力なブレーキを必要とする一部の貨車や客車などのために、圧縮空気を供給する管(MR管)を搭載しているものがありました。列車の運行には必ず機関車を連結するので、これを利用しない手はありません。ということで、圧縮空気は機関車から供給を受けることになりました。

しかし、これでは50系と機関車の間、あるいは50系の編成の途中に、それ以外の旧形客車などが連結されていると、編成全体に圧縮空気を供給することができません。そのため、1両から運用可能な客車の中では珍しく、「機関車+50系」という組み合わせでのみ運用可能*1とされました。その他、冷房の取付は行われず、暖房は旧客同様に蒸気暖房(SG)または電気暖房(EG)によって行われ、蒸気暖房には全車が対応、電気暖房対応車は番号に2000が加えられて区別されたのも旧客の慣例にしたがっています。

また、旧客と異なるポイントとしては、車掌室付きのオハフが多めに製造されていることでしょう。駅への停車時にどこの車両にいても問題がなかった旧客とは異なり、50系では自動ドアの操作のため必ず車掌室(または業務用室)にいる必要があることから、その設備のあるオハフを編成内に多めに連結する必要があります。このためオハフは、純粋な中間車として用いられるオハよりも多く製造されました。旧客では各車に設けられていたトイレは、50系ではオハフのみに設置し、オハでは省略されています。

これら合理化により、50系は電気暖房対応車と非対応車でそれぞれオハ,オハフ1形式ずつ、北海道向けの51形では電気暖房非対応車のみオハ,オハフ1形式ずつで、全部合わせてもたったの6種類しか設定されていません。50系の形式を一覧にすると下の表のようになります。 

  50形SG車 50形EG車 51形
緩急車 オハフ50 0 オハフ50 2000 オハフ51
  オハ50 0 オハ50 2000 オハ51

この他郵便車や荷物車などもありますが、本稿では研究対象外とします。

50系5000番代のスペック

さて、国鉄民営化の1年後に開業した津軽海峡線にはこの50系客車が転用され、機関車牽引による快速「海峡」として運転されたことは前回簡単に説明した通りです。改造にあたっては、電気暖房を使用しない中国地方などに転属で配置されていた2000番代車が種車に選ばれました。

主な改造内容は、

・AU13N形*2クーラー搭載による冷房化
・側窓の固定化(複層ガラス)
・塗装変更(青地に白帯)
・座席の転換クロスシート*3(0系発生品)
・台車・ブレーキ改造による最高速度向上(95km/h→110km/h)
青函トンネル内の現在位置表示器取り付け

などで、これらは民営化直前の1987年1月〜3月に50系オハフ50形16両・オハ50形15両の計31両に対して施工され、改造車は5000番代に改番されました。冷房電源には電気暖房回路を使用することで、客車側への発電エンジン等の電源設備を搭載することなく冷房化を実現しています。

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開業後、「青函ブーム」によって想定を遥かに超える需要があったため、急遽道内むけ51形からの転用があり、3〜4月にまずオハフ51形4両が、4〜5月にはオハ51形からも4両が暫定改造され運用に就きました。暫定ということでこれらには冷房化・側窓の固定化は行われていなかったため、青函トンネル内でも窓を開けることが可能でした。当初の改造内容は「塗装変更」と「電気暖房回路の引通し線新設」程度だったようです。その後、輸送の落ち着いた11月〜翌年1月にかけて改めて本工事が行われ、この際にこれらも5000番代に改番されました。

主な改造内容は、

・AU51形(50形の分散式5基に対し51形は集約分散式2基)クーラー搭載による冷房化
・側窓の固定化(ただし51形は当初より二重窓)
・座席の転換クロスシート
青函トンネル内の現在位置表示器取り付け
・オハフ51形のトイレ対向部にベビーベッドを設置(これは51形のみの特徴)

など。 これにより、50系5000番代は合計39両の布陣で運用されることになりました。

50系5000番代の後天的改造

このように開業時はブームに湧いた津軽海峡線ですが、開業10周年が見えてくる頃にはだいぶ乗客数も減少してきます。そこで、利用の活性化を図るためあらゆる施策が行われ、50系に対しても追加改造が行われています。

自動販売機設置改造

これは乗客減少対策ではありませんが、1991年〜92年にオハフ50形*4のうち7両に対して自動販売機の設置工事が行われました。

カラオケルームカー

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景色の見えないトンネル内時間の活用策として、オハフ50 5010に対してカラオケ設備の設置改造が施工され、1997年4月26日から運行を開始しました。

改造内容をWikipediaから引用すると、

・1・2位側の側引き戸と便所を撤去。海側にカラオケ個室(8人用・5人用各2室)を設置。これに合わせクーラー5基中1基を出入台上に移設。
・業務用室の撤去跡に自動販売機と配電盤室を設置。
・カラオケ装置および自動販売機の新設に伴い、SIV2基を設置し、変圧器・補助電源装置・蓄電池箱・高圧ヒューズを床下に増設。
・遮音のため、側窓を3層ペアガラスとし、車外・天井・通路・客室間・床に遮音シートや吸音材を貼り付け。

とのこと。この「カラオケルームカー」は「海峡」6・11号の3号車に固定運用されていましたが、「海峡」が廃止となる頃には運用から外れていたようで、具体的にいつまで運用されていたのか気になるところです。

カーペット車化改造

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カラオケ車に続いて同年6月1日からは、オハ51形4両全車に対して改造を施した「ゆったりカーペット」車が運用を開始しました。カーペット車というのはそもそも連絡船時代に存在したマス席(二等座席)を列車にも採用したもので、それ以前から快速「ミッドナイト」では運転開始した1988年当初から連結されていました。その後14系では急行「はまなす」と共通運用の一部「海峡」にも1997年3月から「のびのびカーペット」車が連結されていて、50系の「ゆったりカーペット」はそれに続くものです。夜行運用の「はまなす」向け「のびのびカーペット」では定員確保のため上段を設置し、その関係で片側の側窓が独特の形状をしていますが、50系では「海峡」自由席としての運用のみのためか、簡易的な平屋構造です。カーペット車は14系・50系のどちらの編成でも2号車に連結され、「海峡」では自由席として利用できました。

改造内容をWikipediaから引用すると、

・客室をパーティションで3つに仕切ったカーペット敷きに変更。
・前位側出入り台を閉鎖。
・客室を禁煙としたため、前位側車端部にラウンジコーナーを設置。
・車両両端部に荷物置き場を設置。

となります。

ドラえもんカー化改造

1998年から始まった「ドラえもん」とのタイアップにより、「海峡」に使用する客車・機関車のほぼ全てにステッカー等が貼り付けられましたが、そのうちオハフ50形2両は座席を撤去した「ドラえもんカー」に改造されました。車内には関連グッズを販売する売店が設置された他、子供向けに床をカーペット敷としたフリースペースを設置して、ドラえもん映画のビデオ上映なども行われていたそうです。

ドラえもんカーは98年以降冬季を除いて行われた「ドラえもん海底列車」に合わせて毎年外装を更新していたそうなので、おそらく廃止までに4種類のラッピングが施されたはずです。

台車交換

5000番代化改造の際、50形については同時に110km/h対応化工事が台車・ブレーキに対して行われましたが、実際には「海峡」のダイヤは95km/hで設定されており、追加改造された51形の台車・ブレーキは未改造のまま使用されていました。

これらが改造されたのは1996年から1997年にかけてで、オハ51形は14系発生品のTR217C形またはTR217D形に交換、オハフ51形はTR230形のまま改良工事が行われ、110km/h運転対応となりました。また、すでに110km/h対応のオハフ50形のうち2両についても、14系のTR217系台車に交換されています。

「海峡」の運転速度が110km/hに引き上げられたのは、これらの改造が終わった1997年3月改正からとなりました。

 

さて、編成考察をするのに必要な前提情報はほぼ出揃ったかと思います。次回はようやく編成考察に入ります。

 

ひとまず、今日はこれにて。

*1:ただし、一部の荷物車等には50系編成への連結対応のためMR管の引き通し改造がされた他、編成後部に非対応の旧形客車を連結する運用は存在したようです。

*2:鉄道ピクトリアル2016年5月号p.45。Wikipedia等には「AU13AN」と記載。

*3:ただしオハフ50形は当初ロングシート部のクロスシート化のみ施工、渡道後開業までにJR北海道にてボックスシート部のクロスシート化を施工。

*4:Wikipediaや一部商業誌ではオハ50となっていますが、オハフ50であるはずです。